I'll be right here

peanut_butter2008-08-16

もう誰も住んでいないおじいちゃん、おばあちゃんの家に一泊した。何年ぶりのことだろう。子供の頃は梨の農園や豚小屋をやっていて中学生になったばっかりの頃の僕の将来なりたいものは漫画家かサッカー選手か農家だったのだ。でも結局もう豚もいないし梨の木もなくなっちゃっている。両親が廻りに新しい家が幾つかできて雰囲気も変わったよって言っていたけれどちっとも変わっているようには見えなくて小さい頃のことをいろいろと思い出す。東京で働いているとそれこそバカみたいにいろんな建物がどんどん建てられていくのを目にしているわけで、感覚が麻痺しているのかもしれない。最近よく考えることはそういうことに流されているのがやり切れないやってことだったりする。ちょっとした物置みたいになっている2階の部屋で中学生のころの通知表を見つけて、5をひとつももらったことがなかったんだなあとあらためて勉強ができなかったことを思い出したり、真剣に取り組む姿が見られたって書いてると思えば集中力が途切れておしゃべりが目立ったとか、はっきりと積極的に意見を述べていたと書いてあると思えば以前のような発言がみられなくおとなしく残念だとか、なんだかしっかりと地に足をつけているようなことがなくていつでもゆらゆらと波に揺られているような奴だったんだと思い返し、情けなくも今もそれは変わっていないと思い知るのだった。通知表の他にも懐かしい大好きだった映画E.T.のパンフレットを見つけてひっそりと鞄に詰め込んだり、ジョージア・サテライツやザ・カーズ、渋谷陽一のロック名盤コレクションとかいう本に載っていて影響されて修学旅行先の中古レコード屋で買ったような記憶のあるフリードウッド・マックやメン・アット・ワーク、癌で若くして亡くなった父親のお姉さんである僕のおばさんの所有物だった古いコーラスグループやクラッシックのレコードを見つけて袋に詰めて家に持っていくことにした。そして何年ぶりになるかもう記憶も定かじゃないんだけどお墓参りに行った。親戚の農家の家を訪ねて、アスパラを束ねる作業を眺めたりした。まわりにあるアスパラガスのビニールハウスに生える成長し切った姿を見てアスパラガスを好きで食べているどれだけの人がアスパラガスだと分かるのだろうか。こうやって成長し切るまでいくつかの株を残さないと次の収穫に繋がらないのだ。そしてまた何年ぶりかになる車の運転をして両親の住む今の実家へと行った。