泣きたいきもち

どんなに眠くても、朝は6時くらいに一度目が覚めてしまうのだけど、一度も目を覚ますことなくお昼過ぎまで寝てしまった。こんな感じはやっぱり久しぶりだった。何にもやる気が起きなくて、お腹も空かないし、何も飲みたいものなんかもない。それでも、午後3 時になるころ、おやつの時間だし起き上がりお風呂にお湯をはって、バリカンを手にして髪の毛を刈って、洗い落として湯舟につかりしばらくぼーっとする。今日は絶対に行かなくちゃいけないところが二つあった。だから、着替えて家から離れる。怪しい雲行きの空、電車に乗っていたら雷の音と滝のような雨、なんだかやっぱり最近の天気は不安定。行かなくちゃいけないところのひとつは線路のガード下にある古い喫茶店。訳あって僕はここでタダのコーヒーを飲まなくてはいけなかったのだ。考えてみたら、これが今日はじめて口にしたものだった。赴きを感じるような喫茶店のコーヒーはやっぱりおいしく感じる。ここに来なくちゃいけなかったのはコーヒーだけが理由じゃなくて、僕の中に引っ掛かった硝子細工を手に入れたのだ。次に行かなくちゃいけないところに向かうため、また電車に乗った。駅を降りると、商店街を歩いて本屋さんの3階にあるとても雰囲気のいい大好きなカフェにたどり着く。さすがにお腹がペコペコだ。黒ビールとハンバーガーを頼んで、たぶん真っ赤な顔をしながらおいしく頬張った。まだ物足りないからコロナビールと自家製ピクルスを頼んでチビチビといただく。そうこうしているうちに、歌声が響き出す。この空間いっぱいに、何よりも広く大きく得体のわからない心の中いっぱいに。生きている価値があるものに出会ったのじゃないかと、ふと、思った。やっぱり、ここには来なくちゃいけなかったんだ。最後のほう「菜の花が丘」という歌だった。ふと、目を閉じる。なんだか泣きそうだ。こらえなくちゃ。そして、目を開ける。そのとき、歌を歌っていたひとりマリさんが間奏のあいだに少しうつむいて、目を閉じようとしたときに目尻のほうがキラッと光った気がしたんだけれど、歌いだしたらそれは僕の気のせいだったのかなって、でも気のせいじゃないかもしれないけど、マリさんも涙をこらえたみたいに見えた。最後の歌というのが終わったとき、じゅうぶん満足だったのだけれど、なんだかもう少しこの空気に浸りたくて強く手を叩いた。アンコールは「ほしいものがほしい」という歌。
〜ほしいものがほしいわ したいことがしたいわ すきなものがすきだわ それだけ それだけだわ〜
この時間を僕を少しでも理解してくれているかもしれない人と共有できたならどんなによかっただろう。生きていくには、お金は必要さ。でもこんなふうに歌があって、好きな人や何かを好きだって思える心があるだけで生きていけるんじゃないかって思えた。僕はちょっとした何かを決心した。と、思う。(なんだかちょっと、まだ弱気。)