逆モヒカンのことや生きている実感とか

peanut_butter2009-03-29

大皿でたくさんの料理を食べた一週間後、いつもどおり一人チマチマと小さく盛りつけた料理を食べていた。みそ汁はだいたいが具が豆腐だけばかりだったから、気分転換に豆腐以外にごぼうやにんじんやぶなしめじやぶたのひき肉をにんにくで炒めてみそ汁にしてみたらなかなかおいしい豚汁風になった。ひとりだと味が失敗してもどうでもいいやと目分量で料理するのだ。あとは納豆に黒米入りの玄米ごはんにらっきょうにちょっと前に本場の和歌山で買ってきた紀州の梅干などで十分満足してしまうのだ。話しは変わって実はここ最近、逆モヒカンだったのだ。もう何年もバリカンで自分で頭を刈っているのだけど、ちょうど2週間前に刈ったときにいつも6mmなのに間違って3mmのアジャスターで頭のセンターをいってしまって、うっ、どうする、このまま全部3mmでいっちゃうそれともここから6mmで修正しようか、うーんと悩んだのだった。ずっと前に3mmにしたときのことを思い出すと、自分で鏡見ても、うっわー、濃い眉毛ばかり気になっちゃうよ(死んだおばあちゃんにあきらは眉毛は立派だよと言われたものだ。)って思って、とある人からは、ちょっと怖いですと言われたのを思い出した。それで6mmで修正するのを選んでなんとなく大丈夫かなーって思うようにしたんだけど鏡をじっと見ると3mmの違いでも明らかにセンターが短いと分かって逆モヒカンだよって思ったのだけど大丈夫気付かれないよって思って過ごしていたのだ。で、だれも指摘する人がいなかった。正確に言うと刈ったばかりのとき一人だけ「いつも自分で頭刈ってるの?」と聞いてきた人がいたので気付かれたのかもしれないが。まあ要するに自分が気にするほど人が気にすることではないし身だしなみは多少気にした方が良いのだろうけど、注目されるほどルックスも良くないのだから気にしすぎる必要はないということをまた納得して今日は間違えないように6mmのアジャスターで刈り揃えたのだった。家の中でそんなことをしたり、洗濯をしたり、ポロポロ、ジャカジャカとめちゃくちゃしたり引きこもっていたのだけれど天気が良かったのでいつもは歩かない方向に向かって散歩をしたら前は靴屋だったと思う場所がブックオフになっていて何となく入ってみて「なぜ勝ち組と負け組が生じるのか。どうすれば満ち足りた生き方を手にできるか。」「自分にとってだいじな人とそれほどでもない人を見極めるチカラ」とかカバーの後ろに書かれた文庫本2冊を210円で買って家に帰ってきて黙々と読んでみた。たくさんの人が感じている常識と思われていることをそれって常識?なんて思うことがあるとしたらちょっとなるほどなあと思えるもので納得できることがたくさんあってなんかおもしろい本だった。本を読んだからって何かが変わるってわけじゃないけれど。音楽も聴いていたのだけれどアメリカのClem Snideというすっごく大好きなバンドがとても久しぶりに出したアルバムのCDをじっくりと聴いていた。ソングライターでありギターとボーカルのEef Barzelayはまた素晴らしい歌を届けてくれて、僕がまだ生で歌を聴いたことがない人の中で生きている間に生で歌を聴いてみたいと思う人の今日のところベスト1に輝いたのでした。この他にあと2枚のアルバムのCDをひたすら繰り返し聴き続けていたのだけれどそのアルバムはひょんなことから手に入れたもので高校生の女の子のギター弾き語りの歌なんだけれどドキドキしたりギューとなったりせつなくキュンとなったりおじさんと言われてもしょうがない歳の僕が生きているんだって実感させられるそんな歌で出会えて良かったなあと強く思ったのだ。あの頃の色、僕も忘れないさ、えーっと、ねえ、何色だったっけ?ペールグレイ?
Eef Barzelay-Beard of Bees

Clem Snide-Born A Man

hungry bird

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